認知症の世界を理解した、その先へ
2026/09/19家族が疲れ切らないために考えたいこと
目次
- 9月19日「認知症世界の歩き方」ワークショップを開催
- アンケートから見えた「知ることで変わること」
- 「理解できた。でも寄り添う余裕がない」
- 本人の「残っている力」と家族の「残っている余力」
- 「家族でやれることを」の「家族」とは誰?
- 家族の考えを変えるより、暮らしの仕組みを見える化する
- 「専門家に任せる」ではなく「専門家に聞いてみる」
- ファシリテーターとライフオーガナイザーとしてできること
- 「認知症のある人の世界」を理解した、その先へ

1.9月19日「認知症世界の歩き方」ワークショップを開催
9月19日、「認知症世界の歩き方」ワークショップを開催しました。
参加いただいたのは5名。20代から50代の方々です。
このワークショップでは、認知症のある方が実際に経験した出来事をもとに、
その方には世界がどのように見え、どんなことが起きているのかを参加者みんなで考えていきます。
このワークショップ、私はファシリテーターとして参加していますが、毎回いろんな方のご意見をお聞きし
私自身貴重な気づきをいただきます。
今回、終了後のアンケートを読みながら改めて考えたことがありました。
それは、
「認知症のある人の世界を理解した、その先をどうするのか?」ということです。
2.アンケートから見えた「知ることで変わること」
今回のアンケートには、「認知症のある方に何が起きているのかを知ることができた」という声が多くありました。
20代男性からは、
「視覚認識によっては認知できなくなることを知った。一般的なバリアフリーだけではなく、
認知機能の障壁にも配慮した都市デザインが必要だと感じた。」
という感想がありました。
40代男性からは、認知症のある方が感じていることや識別の難しさを知り、
「デザインを工夫することが大切」というだけではなく、なぜその工夫が必要なのかまで理解できたという声をいただきました。
40代女性からも、
「認知症にもいろいろな症状があり、個々の症状に応じ、できることを継続していただき、
自尊心を大切に接していくことが大切だと思った。
環境が整いさえすれば、楽しく快適に生活を送ることも可能に思った。」
別の40代女性からは、
「認知症といってもいろいろなパターンがあり、見えている世界や感じていることなど、人それぞれなのだと分かりました」
そして、
「否定しない、受け入れる、理解する」という言葉もありました。
認知症という言葉だけで相手を見るのではなく、
「この人には今、何が起きているのだろう?」と考えてみる。
この視点を持ち帰っていただけたことは、ファシリテーターとしてとてもうれしいことでした。
3.「理解できた。でも寄り添う余裕がない」
一方、私が特に考えさせられたのが、50代女性からいただいた感想でした。
「影が穴に見えるということが驚きでした。」
そして、その後に続いたのが、
「実際に共に暮らす中で、本人の困り感に寄り添えるだけの余裕が家族にないというのも正直なところと思います。」
という言葉です。
ここには、とても大切な問題があると思いました。
認知症のある人には世界がどう見えているのか。
なぜ、そのような行動をするのか。
それを理解することはとても大切です。
でも、「理由は分かった。だけど、毎日の生活の中でいつも穏やかに対応できるわけではない」
という家族の現実もあります。
認知機能の低下が進めば、同じことへの対応を何度も求められたり、
生活のさまざまな場面で見守りや介助が必要になったりすることがあります。
本人への理解が深まっても、家族の睡眠不足や仕事との両立、精神的な疲労まで自動的に解消されるわけではありません。
だからこそ、本人への支援だけではなく、介護する人が休息を取るためのレスパイトケアや、
4.本人の「残っている力」と家族の「残っている余力」
認知症のある方への支援では、「できないこと」だけを見るのではなく、
本人がまだできること、残っている力を活かすことが大切にされています。
私もこの考え方を大切にしています。
でも、認知機能の低下が進んできたとき、もう一つ見ておきたいものがあります。
それが、家族の「残っている余力」です。
本人は一人でトイレへ行ける。
でも、夜中に何度も起きるため家族が眠れない。
本人は自宅で生活できている。
でも、その生活を維持するために、一人の家族が仕事や外出、自分自身の時間を削り続けている。
本人が「できるか・できないか」だけでは、その家庭の暮らしが無理なく続けられているかどうかは分かりません。
本人の生活と、支えている人の生活。その両方を見る必要があります。
5.「家族でやれることを」の「家族」とは誰?
実際に、こんな相談を受けることがあります。
認知症の症状がある親について、ある家族は、「そろそろ専門家の力を借りたほうがいい」
と考えている。
ところが別の家族は、
「家族のことなのだから、まず家族でできることをやろう」
と、外部の人が入ることに消極的。
そして「家族でやる」と言いながら、食事、買い物、通院、見守り、電話への対応などが、
実際には特定の一人に集中していることがあります。
たとえば義父母の介護について、「まだ家族でできる」と考える人がいても、
実際のケアがお嫁さん一人に集中しているのであれば、
それを本当に「家族で支えている」と言えるでしょうか。
「家族で支える」という考えそのものが悪いわけではありません。
ただ、「家族でやる」と「家族の中の誰か一人がやる」は違います。
6.家族の考えを変えるより、暮らしの仕組みを見える化する
そんなとき、
「外部の人に頼ったほうがいいと思うのですが、家族が聞いてくれません。どうしたら考えを変えられますか?」
と相談されることがあります。
でも、人の考えを変えることは簡単ではありません。
そこで、
「家族の考えを変える」ことを目標にするのではなく、「家族でやる」の中身を具体的にしてみる。
食事は誰が用意する?
買い物は誰が行く?
通院には誰が付き添う?
薬の確認は?
夜間に何かあったら誰が対応する?
仕事中に連絡があったら?
それを、「誰が・何を・どのくらい担っているか」という形で一度書き出してみます。
さらに、介護している人自身も、
「私はここまではできる。でも、ここから先は難しい」と整理してみる。
これは、私がライフオーガナイザーとして大切にしている「見える化」の考え方にもつながります。
誰かを説得するのではなく、今の暮らしの仕組みを見えるようにする。
そうすることで、「誰の考えが正しいか」という議論から、「この暮らし方をこの先も続けられるのか」
という話に変えられるかもしれません。
7.「専門家に任せる」ではなく「専門家に聞いてみる」
もう一つ大切なのは、
「家族でやる」か「専門家に任せる」かの二択にしないこと。
専門家に相談することは、介護をすべて他人に任せることではありません。
「今の状態について一度聞いてみよう」
「この先どんな選択肢があるのか、情報だけでも聞いてみよう」そんな入口でもいいと思います。
そして家族全員の考えが一致していなくても、介護を担っている人自身が、
「私は今、困っています」と相談するという考え方もあります。
本人のことだけではなく、介護している自分自身の困りごとを相談する。
その視点を持っておくだけでも、
「家族を説得できるまで何もできない」という状況から一歩動けるかもしれません。
8.ファシリテーターとライフオーガナイザーとしてできること
私は「認知症世界の歩き方」のファシリテーターですが、医師でも看護師でも介護職でもありません。
だから、認知症の進行について判断したり、
「このサービスを利用したほうがいい」
「施設を検討したほうがいい」などと個別の介護について判断したりすることは、私の役割ではありません。
そこにはきちんとバウンダリーを持っていたいと思っています。
私がファシリテーターとしてできるのは、
- 受け止めること。
- 一緒に整理すること。
- 必要なときには専門職へつながるきっかけをつくること。
そしてライフオーガナイザーとして、
- 誰が何に困っているのか。
- 今の暮らしのどこに無理が生じているのか。
- 環境や仕組みを変えることで楽になるところはないか。を一緒に整理することです。
9.「認知症のある人の世界」を理解した、その先へ
今回のワークショップを終えて、私の中に一つの問いが残りました。
認知症のある人の世界を理解した、その先に何が必要なのだろう。
本人が見ている世界を知る。
本人の困りごとを知る。
できることを大切にする。
環境を整える。
そして、もう一歩先には、
その人と一緒に暮らしている家族の世界にも目を向けることが必要なのではないでしょうか。
理解することと、耐え続けることは違います。
「本人のために何ができるだろう」と考えるのと同じように、
「一緒に暮らしている人が、その人自身の生活を続けるためには何が必要だろう」とも考える。
「認知症世界の歩き方」のファシリテーターとして。
そして、暮らしを整えるライフオーガナイザーとして。
本人だけでも、介護する家族だけでもなく、双方の暮らしが続いていくために何を整えられるのか。
今回のワークショップをきっかけに、私自身も「理解した、その先」をこれからもっと学び、考えていきたいと思っています。